【大河ドラマ】渋沢栄一って何をした人?主な功績について紹介

2021年2月14日(日)20時からNHK総合で放送が始まる第60作目「青天を衝け」。吉沢亮さんが、主役の渋沢栄一を演じる内容になっております。

渋沢栄一と言えば、【日本近代資本主義の父】や【近代日本経済の父】と言われ日本の経済に貢献した人だという事がわかりますが、実際に何をしたのか?主な功績を簡単にまとめましたので、ご紹介します。

主な功績

  • 日本初の銀行を開業
  • 日本初の株式会社を設立
  • 500もの企業設立に携わる
  • 教育事業への貢献
  • 2024年から1万円の紙幣に
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主な貢献①日本初の銀行を開業

渋沢栄一の最も有名な功績と言えば、現在のみずほ銀行である第一国立銀行を1873年(明治6年)に創立しました。第一国立銀行は、日本最古の銀行としても有名です。

※国立という名がついておりますが、国営という訳ではなく、民間の資本で運営されておりました。

現在でも日本橋兜町4丁目のみずほ銀行のビル外壁に銀行発祥の地と示された銅板を見ることができます。

渋沢栄一は、大蔵省を辞職したあと、第一国立銀行の総監督に就任します。就任後は、全国に設立された国立銀行の指導や支援を行い、渋沢が亡くなる1931年(昭和6年)までの60年間、経営上の指導を行います。

主な貢献②日本初の株式会社を設立

渋沢栄一は、第一国立銀行を創立する以前にも、現在の日本経済に大きく貢献する偉業を成し遂げています。それは、日本初の株式会社設立です。

渋沢は、大蔵省に入る以前の27歳の時に、フランス・パリバンコク博覧会を見学し、その後長期間欧州に滞在する事になり、先進国の実情や経済のシステムなどを学びます。そこで得た知識をもとに、帰国後静岡で日本初となる株式会社商法会所を設立します。

商法会所は、静岡藩が抱える借金を返済する仕組みを持っており、現金の貸付や受付など今で言う銀行ののような業務を行っていました。

主な貢献③500もの企業設立に携わる

渋沢栄一は、生涯に500以上の会社に携わり、その当時の日本経済に大きく貢献したと言われております。企業の分野は、金融関係に留まらず、交通・通信・繊維・ガス・電力・建設関係など多岐にわたります。

民間のちからを通じて、国力を高める事を目指しておりました。自らが設立した銀行をもとに、成長する見込みがあるベンチャー企業に資金を回すことを行っておりました。

500の会社の中には、第一国立銀行(現在のみずほ銀行)の他に、東京海上保険帝国ホテル東京電力ホールディングス、日本郵船、清水建設なども含まれております。

主な貢献④教育事業への貢献

渋沢栄一は、民間や国の力を高めていくためには、教育の整備が不可欠だと考え、600以上の教育事業への支援にも力を入れておりました。

1875年(明治8年)に、座学だけではなく実験や体験を通して知識を得る実学教育に力を入れるため、現在の一橋大学である商法講習所を設立します。

また、海外で得た知見から、女子への教育の必要性を唱えて、伊藤博文や勝海舟らと女子教育奨励会を設立しております。そこから、現在の日本女子大学である日本女子大学校の設立にも携わりました。

主な貢献⑤2024年から1万円の紙幣に

日本近代資本主義の父】や【近代日本経済の父】と言われ日本経済に多大な貢献をもたらした渋沢栄一は、2024年から1万円札のデザインに起用されることが決まっております。

彼が成し遂げた偉業から、過去に何度もお札のデザイン候補として選ばれておりましたが、偽装紙幣防止の観点から他の方が選ばれておりました。

新札で使用される写真は、渋沢栄一が70歳の時の写真だそうです。

まとめ

2021年2月14日(日)20時からNHK総合で放送が始まる第60作目「青天を衝け」で主人公になる渋沢栄一は、日本初の銀行を開業日本初の株式会社を設立500もの企業設立に携わる教育事業への貢献するなどで日本の経済に貢献をしました。そのことから、【日本近代資本主義の父】や【近代日本経済の父】と言われております。

また、2024年から1万円の紙幣デザインとして起用されることも決まっております。

様々な悩みとぶつかりながらも意志を貫く渋沢栄一の生涯から学ぶ事は多いのではないでしょうか。今回の大河も楽しみですね!

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